瞑酩走

走り、酒を飲み、気ままに、寅さんのように。

最終戦は筑波山トレイル

27日 12,51k 1:17:06(6:10)いつもとは違う川沿いジョグ 


28日 5,13k  31:22(6:07)昼休みジョグ


29日 走らず


30日 総距離28,4k
   (ビルドアップ12,88k) 55:26.3(4:18)


4時50分起床、5時20分家出。


今朝は暖かく軍手もヤッケもいらないくらいの気温。レース後の筋肉痛が酷くてゆっくりいつもの川に向かう。私が暖かいと感じていれば、今朝集まったお二人はTシャツに短パン。私の格好はTシャツにロンTにヤッケ、下はロングスパッツ。それだけではなくアームウォーマーに軍手。真冬になったら何を着ればいいのか今から思いやられる。


つくば後なので三人と少ないがビルドアップ。火曜、水曜が筋肉痛のピークで、昨日はいつもの階段トレなどとてもできない状態だった。やろうと思えば7周やれたが、お二人ともつくば後と云うことで6周にすると、これにありがたくお言葉に甘えて便乗する。
ラスト1周2,1kは7:43。ラスト1kは3:37まで上げれた。筋肉痛がある中では上出来。


修行走のことを少し。
運営はストレスなく総じていい大会だった。レース後にM氏と芋汁を食べながら話すことができた。強がりでもなく私にはそれほどタフなコースでなかった。
M氏にも訊いてみる
「このレースきついと言われてますけど、北丹や道志のほうがきついですよね?」
「いや~こっちのほうがきついな」
「えっ、そうですか?北丹は暑いし、道志もきつかったですよ。わたしは」
「暑さあるけどね。でも鷹さん強くなったよね」この言葉をその後に三度ほど頂く。お世辞でもうれしい。
最後の汁をすすってたら、大会プロデューサーの石川氏が話掛けてくる。
「ロングを走られた方ですか?」
M氏と顔を見合わせながら「はい、そうですよ」
「お疲れ様です。あの、コースで迷いそうなりましたか?」
このこともM氏と話してたので、二人で「迷いましたね」
すると迷った場所もわかっているようで「三つ目の登りに入る前の分岐、スタッフがいて少し行ったところの?」
二人で「そうです、そうです」
「道路にチョークで矢印もなかったですか?」
わたし「なにもなかったですよ。だから右に行ってしまって、なんか違うと感じて戻りました」
「そうでしたか。わかりました。ありがとうございました」右手でOKとやりながら爽やかな笑顔で去っていった。
好感の持てる方で、これはいろんな意味でなかなかのやり手だなと。


ただ残念なのは年代別表彰がないということ。総合も3位までとは懐が狭い。運営にお金は掛かるのはわかるが、それなら氷点下の中で駐車場の警備をやっていたおじいちゃんたちを表彰してほしいものだ。それなりに見合う金額を貰っていればいいのだが。


明日から12月。昨年は手術、入院し走りとは無縁であった。
入院した病室は6階の窓側だった。一人、病室に入るあの時の感情は忘れることができない。四人部屋の広い病室にはおじいちゃん一人居た。挨拶をし、看護士のあとにつきベットに座る。その日は天気が良く見晴らしが良かった。

遠くを眺めていた。


看護士が入院にあたっての説明をしている。なにも頭に入らない。


最後に「なにかありましたらこのブザーを押して呼んでください」


一人になり飽きずに外を見ていた。遠くに山がある。もしや、そのとき掃除のおばちゃんが来る。「こんにちは。あの山、ひょっとして筑波山ですか?」


「あら、よくわかるわね。筑波山よ。山登りやるの?」


「はい、少しだけ」


入院していた六日間は天気がよく、いつも隣に筑波山があった。


何度も勇気づけられた。


今年の最終戦は筑波山トレイル。


私の聖なる山へ。


感謝の気持ちでゴールしたい。

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。