瞑酩走

走り、酒を飲み、気ままに、寅さんのように。

ジャンキーな42k

6日 7,69k 34:33(4:30)昼休みラン


7日 42,34k 総距離


   16,31k 1:03:55(3:55)ペース走


目覚ましを掛けないで寝たが、起きてみれば仕事の日とほぼ変わらずの5時05分。
白湯二杯にバナナ一本を食べながらテレビをつけたら、こころの時代~宗教・人生をやっていた。筑豊の炭鉱で戦前戦後働いていた女性たちのその後の話だった。終わる6時まで見入ってしまう。強くも弱い女性、この時代に多くの様々な犠牲が合ったうえで今がある。改めて今ある人生に感謝。
NHKはなんだかんだ良い番組をやる。この前録画してまだ観てないが、BSのドキュメンタリーの感想も書きたいと思っている。


6時10分から走り出す。気温は3℃だが風が強く寒い。筑波山に行きたかったが、午前中にクーラーの取り付けがあるので諦め、距離は踏もうと遠回りをして運動公園へ行く。
向かいながら来週行われる小、中、高、社会人の駅伝大会があることを思い出す。一週間前の今日は試走に来る小、中学が多く思うように走れない。20k~25kのペース走なんぞマラソン練習の真似事をしようと考えてはいたが、混雑の具合で距離は変えようと13kの道のりで決める。この13kでトイレはコインランドリーとコンビニの二回で軽量化に成功。軽くなった身体でスタート。
1周、約1,1k、野球場と陸上競技場を8の字にグルグルと回る。身体は軽いがキロ4切るのがきつい。少しずつ小、中学生が集まりだし、集中力も切れ16kと中途半端だが、10マイルと思えばと無理やり納得させる。
これだけ頑張ってこのタイム。4年前だがびわこを目指していたときは、このコースで30kを1:46:50。落胆して時計を止め、足も止めたら知り合いの方が二名目の前にいる。お二人とは同じチームだが会うのは二年ぶりか。一人は49歳で元実業団ランナーのSさん。もう一人は30代前半の方でこちらもSさん。フルは2時間35分前後だったか。
49歳のSさんは仕事で飛ばされたのと故障で一年のブランクがある。30代のSさんは鬱で仕事を休職していて走ることもできなかった。
わずか5、6分の立ち話ではあったが、浮き沈みがある人生でも走れるいまに、このお二人の表情は明るく目標も高く、自分もまだまだ頑張れる勇気を頂く。
意気揚々と帰るが自宅まで9kで異変が。
突然頭がボーっとし、身体の力が抜けてきてふらふらする。広い歩道とはいえ車の通りもそれなりにある。最短コースに変えれば7kだが歩道がないのでそのまま行く。まずいと思いながら、完全にエネルギー不足と立ち話をしたことでの冷えだろうと考えてはいたが、お金も持っていなく水道水を飲む気にもならず、ふらふらした状態で信号を渡り顔を上げて信号を見たら赤だった。ハッとして左右を見たら車はなく、その時ですでに横断歩道の半分は通過していた。
運がよかった。迷惑をかけなくてよかった。
いま思うとあの時は気持ちがよかった。なにも考えることもなく考えられず、頭はボーっとし、足だけでなく身体全体が地に着いていなかった。
麻薬はやったことはないが、麻薬に近い快楽ではなかったか。


云えるのは自分は走るジャンキーだということ。
走れないときは死んだときか。


今まで事故とは無縁だと思っていたが、今日の事で自分の身体を過信するのは止める。
言わずもがなだが相手にも家族にも迷惑がかかる。


元旦の妻は元旦だけ間違えたようだ。三が日以降は春のように穏やかだ。


わたしも穏やかに


そう、わたしが肝心


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